ふらっと目にした記事なのだけど、琴線に触れたので簡単に。
そのことについて、ひとつには、日本語圏でのついったーの使われ方が、ネットを非常によく使っている人たちによる「身内で楽しくやるという範囲でのコミュニケーション・ツール」である一方で、英語圏では「ネコもシャクシもやってる何か」だという違いがベースにあるのではないかと思います。
[From tnfuk [today's news from uk+]: 英語圏のついったーで「見えるもの」]
この文章が、今日書いた
もしかするとインターネットというツールそのものが、生活に浸透していて、ネットを使っていても、かなり限定されたグループのコミュニケーションツールとしか使われていないのかもしれないなと思うことはあります。
[From きゅーり.jp: ブロガーとプロの記事の書き方]
って記事に似てるなーとひっかかっちゃって。
海外がどうなのか分からないけど、日本のWEB系の人たちってある程度グループというか、馴れ合いというか、そういうものを作っちゃってるよなぁ、そういえばと思って。
もちろん、Twitterも"枠"ができるまではわりとフランクにやっている感じがあった気がするのだけど、たぶんオフ会とか頻繁に行われてたくらいからかなぁ、いろんなつながりができて、コミュニティができて、馴れ合いみたいになって。グループの中と外の温度感みたいなのができていって、"身内意識"が生まれる。たぶんWEBだからどうとかじゃなくって、日本人のグループの形成の仕方というか、社会の仕組みというか、そういう日本人の根底にあるもののような気はしているけど。
すごく古いネタになるけど、「赤信号みんなで渡ればこわくない」んだろうけど、渡ってるのはよく知ってるメンツだけ、みたいな。決して、たまたまその場に居合わせた人たちでやってるわけではない、というか。
イランの件に関しては、英語圏では"たまたまその場に合わせた人たち"がその動きに同調しているんですよね。言語の壁があるというのは確かにあるし、自分も日々感じていることだけれども、英語が話せる日本人なんて今時一杯いるし、アメリカに住んでいる日本人だって一杯いる現状で、ここまで日本のついったらーとイランにあまりにも接点がないのも残念だなーと思います。もしかしたら、日本のついったらーのどこかのコミュニティでは盛り上がっているのかもしれないけど、そこだけで終わってしまっているのにも問題意識を感じざるを得ないなと思います。
p.s.
英語圏の動向に関しては、マスメディアの影響もあるかもしれないですね。日本ではあまり大きく取り上げたりしないですが、海外での取り上げ方がどうなのかはいまいちチェックできていないので、このあたりはよく分かっていないです。
