発売前からiPhone関連の記事とかコミュニティとかの反応をチェックしているのだけど、どこでも「iPhoneは携帯電話なの?でも日本のケータイの方が進んでない?」って話からいろんな議論が展開されていっている。機能差を比較してもしょうがないので、自分が携帯電話、モバイルデバイスに望むものをそれぞれ自分のフィールドで書いてみてはどうかという気がした。使わない機能がいっぱいある製品って需要を見誤っているだけの製品だろうし。
自分は、au(当時はセルラー。IDOではない)がCdmaOneを始めたC101Sから携帯電話というものを持ち歩いている。次に着メロとか出てきて、それをきっかけに日本のケータイコンテンツというものが発展しだして、いろいろな機能がついてきたという感じがする。
自分にとってケータイの最大のキラーフィーチャーはGPSだったと思っている。今は総務省の指導によりかならずGPSをつけなければならないけれども、当時あれだけ大規模にGPSをつけたのはauくらいだった。確実にauのアイデンティティにしようとしていた。GPSはあくまでインフラで、それを活かすコンテンツがなければ意味がないのだけど、NAVITIMEと協業し、Ez Navigationというアプリが同時に立ち上がったのには驚きを隠せなかった。Ez Navigationは同時にEzアプリ(BREW)のキラーアプリという側面もあった。
それ以降、たとえば、au Shopping Mall、着うた、着うたフル、LISMO、おサイフケータイ、ワンセグとかに関しては、まったく興味を示したことはない。なんでだろう?と考えたときに、出てくるのはケータイに閉じてても仕方ないんじゃないか?という思いだ。アドレス帳やデータフォルダはいまだにケータイに閉じ込められたままだ。auはMNPの名の下に、au oneというポータルで解放してくれてはいるけど、あくまでもWEBでしかないところに歯がゆさみたいなものを感じていた。PCとケータイでペルソナを変える必要性ってあるの?(LISMOもあるけど、あれってどうなんですかね?>ユーザの方)
それを解放してくれたのがiPhoneだと信じている。アドレス帳もカレンダーもいつも使っているMacと同期できる。しかも、Over The Airで。今は分からないけど、一時期ブームのように売れたケータイ同期ソフトと同じくらいの需要がそこにあるんじゃないかと思っている。残念ながら、PCももたないケータイ世代には伝わらないと思うけど。
高機能という意味では確実に日本の携帯電話の方が上だ。キャリア側と見事に連携したシステムはすばらしいと思う。でも、キャリア先導主義だけではできない、キャリアからの解放という意味がiPhoneには含まれている。キャリア先導主義とメーカー先導主義の両方でも、キャリアとメーカーがwin-winの関係になっているところってあまりないんじゃないか?今こそ、新しいビジネスモデルを考え出してもいいんじゃないだろうか?iPhoneはそのきっかけに過ぎないんじゃないか?そう思ったりしています。
p.s.: Jobsさんが口にした"電話の再発明"という意図が未だに分かっていなかったりはしますが、それはきっと米国市場の状況を見てみないと分からないんでしょうね。
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